文字の始原期

神話ー権威ー律令
白川静は文字の始原期について次のように描いている。

ことばの終わりの時代に神話があった。
そして神話は古代の文字の形象のうちにもそのおもかげをとどめた。 
そのころ自然は神々のものであり、精霊のすみかであった。ーーー

神話の時代には 神話が現実の根拠であり、現実の秩序を支える原理であった。 
人々は、神話の中に語られている原理に従って生活した。 
そこでは、すべての重要ないとなみは 神話的な事実を儀礼として繰り返し
それを再現するという、実修の形式もって行われた。
神話は
このようにして、つねに現実と重なり合うがゆえに
そこには時間がなかった。
語部たちのもつ伝承は
過去を語ることを目的とするものではなく
今かくあることの根拠としてそれを示すためのものであった。
しかし
古代王朝が成立して
王の権威が現実の秩序の根拠となり
王が現実の秩序者としての地位を占めるようになると、事情は異なってくる。
王の権威はもとより神の媒介者としてのそれであったとしても
権威を築き上げるには、その根拠となるべき事実の証明が必要であった。
神意を、あるいは神意にもとづく王の行為を、ことばとしてただ伝承するだけでなく
何らかの形で時間に定着し、また事物に定着して事実化して示すことが要求された。
それによって、王が現実の秩序者であることの根拠が成就されるのである。 
この要求にこたえるものとして文字が生まれた。 
そしてまたそこから歴史がはじまるのである。 
文字は神話と歴史との接点に立つ。
文字は神話を背景とし、 
神話を承けついでこれを歴史の世界に定着させてゆくという役割をになうものであった。 
したがって
原始の文字は神のことばであり
神とともにあることばを型態化し 現在化するために生まれたのである。

白川静 『漢字』 (岩波新書)


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